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フォーミュラを駆る心理学者のブログ
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教員の仕事がだいたい分かってきた
2011年01月20日 (木) | 編集 |
教壇に立つようになってもう4年目が終わろうとしているのに,
今さら何を言っているのかという話なんですが,
何となく分かってきました。

そして,ある意味であきらめがついてきました。


元々,大教室で全員のニーズを完全に満たすことは出来なくても,
反応を感じながら進めていけば,8割以上の成果を上げることができると考えていました。
成果というのは実際の学習成果の他に,授業を受けた満足感だとか,その学問に対する興味の喚起などです。
実際に,この目的はかなり達成できていたという自信があります。

ただ,ここから先はあきらめが入ってくる話になります。

もしちょっと理解がおぼつかない学生がいても,マンツーマンで対応できれば,
ほぼ100%,納得へ至ることが出来るだろうと考えていました。

説明というのは「ツボ押し」のようなものであり,
全体講義では「平均的に効くツボ」を,反応を見て微調整しつつ「押していく」感じになります。
マンツーであればその「押す場所」の調整を細かくできますし,
相手の思考を読んで「押すタイミング」や「押す強さ」も調整できるので,
ほぼ確実に「効かせる」ことができるんじゃないかとね。

ところが,この1年間で学んだことは,
相性は不可避・・・ということです。

こちらも人間,あちらも人間です。

どれだけ頑張って「押し方」を調整しても,外れることもあります。
よかれと思って押したツボが思いっきり逆効果で,
相手を不快な気持ちにさせてしまうこともあります。
さらなる混乱を招いてしまうこともあります。

自分の「相手の状態を見極める認知能力」を高める余地もあるのでしょうけど,
今の「達成率」からすると,これ以上は無理のような気もします。
これはもはや,「相性」なのではないかなと・・・。


結局,どんなに優れたバッターでも,
せいぜい,10回に4回足らずしかヒットを打てないのです。



・・・・・・


ところで,ここまで書いて改めて気づいたのですが,自分は徹頭徹尾,
相手の努力不足とか,相手の基本的な知的能力の不足に原因を持って行かないなぁ。
もしかしたら,客観的に見たらそう考えてもいい場面もあるのかもしれない。

超・性善説。

高いところ(面白いところ)に行きたい・生きたいなぁ。

(=`ェ´=)にゃー

コメント
この記事へのコメント
ってことは僕ができないのは学校の先生のせいってことですね!
よしよし、謎が解けた。
2011/01/20(木) 22:02:02 | URL | どくえ #.vjKhiP6[ 編集]
Re: タイトルなし
>どくえちゃん

幼稚園からやり直して。(´・ω・`)
2011/01/20(木) 22:11:45 | URL | 黒猫山登 #-[ 編集]
どうも。
まづ、黒猫さんと違って、私は限定された知識を少人数に説明している為、同じ状況とは思いませんが。

私が訓練生によく言う言葉があります。
「人からのアドバイスは、その真意の1割程度しか伝わりません。」
アドバイスは非常にありがたいものですが、
その人のアドバイスはその人の経験からなる結果から導き出されます。
当然、小さい試行錯誤の末の結果が、幾つもあるわけですから、
”要点を纏めて”分かりやすいよう伝えます。(逆にすべてを伝えられないわけです。)
するとアドバイスを貰うほうは結果のみを受け取るので、内容を把握できない。
しかし、暫定的な結果は知っているので、あたかも自分が経験したかのように思考が凝り固まる。

もっと分かりやすくすると、いくつかの要素の組み合わせの結果を知る場合、
経験する方は、
要素1・車両:パワー小、グリップ大のコーナリング特化型。
要素2・エイペックス:遅くする→馬力が無いので立ち上がりもたついた。速くする→うまくスピードに乗る。 
要素3・走行ライン:大きく回る→スピードを落とさなくていい。ちいさく回る→スピードがあると曲がれない。
結論 ・タイム:エイペックスは速く且つ大きく回りこむと速い。
という経験から「スピードを落とさずに大きくRを取って曲がるといいよ」というアドバイスになります。
しかし、アドバイスされるほうは
要素1・車両:区別なし
要素2・エイペックス:速いほうが良い。
要素3・走行ライン:大きいほうが良い。
結果 ・速く大きく回ったほうが良い。
と意識がつきます。
ここには理論と経験が無いので、結果が違う場合(例では車の特性が違う)、
自分の経験不足や車の所為にしてしまうのが危険です。

それを踏まえておくと、色々な知識の裏づけを、自分の経験を使って考えるようになり、
あるときアハ体験したように色々な経験が結論につながっていくのです。そうすれば特に応用が利きます。
このアドバイスの注意点を知っていれば、アドバイスも非常に有用になります。
しかしながら、”こういう”アドバイスも1割しか分かってもらえない場合も・・・orz

長々と失礼しました。黒猫さんなら知っていると思いますが、「だよね^^分かる分かるwww」程度で軽く流していただければ・・・
2011/01/21(金) 23:21:52 | URL | L.Remillia #TQca9Ju6[ 編集]
Re: タイトルなし
>L.Remilliaさん

こんにちは。
いつもコメントどもです~。

おっしゃること,本当にそうだと思います。
こちらが言ったことの1割程度しか伝わっていないということは,色々な場面で痛感します・・・。

ただなんというか,今回自分が感じた「悩みどころ」はこれとはちょっと違うんですよね・・・。

(マンツーの時の)自分の基本的なスタンスは,
「どこが分からなかったのか,どうしてその間違った結論に至ったのか」をしっかり見極めて(聞いて),
(言うなれば,“凝った”所を調べて)その後で,
「ここはこう考えるんだよ」と言葉を与えるという感じです。
(言うなれば,凝った所をバシッと指圧する)

なのでその「知識や経験の裏付け」に乏しいまま結論に意識が行ってしまうという問題は,
一応,回避できていると思っています。
実際に,その「指圧」にちゃんと反応してくれた学生は,その後の応用問題に強いです。

ところが今回の「悩みどころ」は,
そのような“凝った”ところを全然教えてくれない相手,
単に「嫌な先生だ」という感覚だけでどんどん回ってしまう学生がいるということなんです。

ちょっと前にツイッターに書きましたが,
「要するになんでこう思ったのかというと,「(進級した後)来年も先生の授業を受けたいです!」っていう学生がいる(超うれしいw)反面,いつも死にそうな顔をして教室にいる学生もいるということから。」
なんですよね・・・。

「死んだような顔」や極端に積極性に乏しい学生に対しては,
こちらもネガティブな感情を持ってしまうので,
どんどん悪循環になってしまうんです。
自分でも「ああ今,不毛な授業をしているな」と内心思いながらやっているという,
本当に救いようがない状態です・・・orz

こちらも人間,あちらも人間ですから,
こういった感情的な問題は当然生じます。
自分としては,少なくとも最初に対面したときは誰に対しても同じように接している(つもり)ですから,
これは相性としか言えないのではないかとね・・・。


だいぶ前に専門学校で授業をしていたときに,学生が全然授業に乗ってくれなくて,
「授業履修の意義や動機づけ(モチベーション)を高めるのは,どこまでが教員の責任なのか」と
悩んだことがありました。
当然,初回の授業で教員として考える「意義」を伝えますが,
それ以上の主体的なモチベーション向上の責任は学生側にあってしかるべきだというのが,
そのときの結論でした。

とりあえずは,このような方針で行くしかないのかなと。

これが今回の「あきらめ」なんです。


(=`ェ´=)にゃー
2011/01/23(日) 11:14:51 | URL | 黒猫山登 #-[ 編集]
なるほど。

運転教育でも、(本来仕事の為ですが)
仕事だと思うと、その人は伸びず、
遊びだと思うと、その人は伸びますから、
結局はモチベーションなんでしょうとは話をしていますね。

でも運転なら挙動と操作に現れますから、
黒猫さんの悩みを、私が明確に感じたことが無かったです。

こちらが言ったことは、車の挙動になって現れます。
何度も全く変わらない場合はありますが、その人の気の持ちようですし、もうそれは此方の出来ることではないですから、自分は放棄します。
その人だけが講習生ではないですからね。
「言ったことをやろうともしない・・・もう知らんわ。」てなもんです。

あ、それが「あきらめ」なんですか?
とすると、黒猫さんはすごく真面目でいらっしゃるんですね。
自分は担当して早々に諦めていたと思います。自戒します。

何度もコメントごめんなさいね。
2011/01/23(日) 15:42:41 | URL | L.Remillia #TQca9Ju6[ 編集]
Re: タイトルなし
>L.Remilliaさん

そうそう,そういうことです(^^;)

記事にも書いてあるとおり,
「自分は徹頭徹尾,相手の努力不足とか,
相手の基本的な知的能力の不足に原因を持って行かない,超・性善説」
的なところがあり,
その意味では本当に「生真面目」だろうと思います。

ただ,これまた上のコメントにも書いたように,
「ネガティブな感情がどんどん悪循環をしている」
という事の責任の一端には,教員としての自分の振るまいにも,
(責任割合は軽微だとしても)やはり原因があるんじゃないかと思うんですね。

循環点の片方は,私なんですから。

学生は,誰もが最初からやる気無く入ってきてはいません(まれに例外有り)。
しかし循環の影響力は甚大で,どんどん上昇していく学生と,どんどん下降していく学生に分かれます。
難しい問題です。

(=`ェ´=)にゃー
2011/01/23(日) 17:11:06 | URL | 黒猫山登 #-[ 編集]
どこまでが自分の仕事でどこまでがそうじゃないかを自分の中でけじめつけておくのって大事だと思います。

植物育てるのでも種まきして水やりして、肥料やったり虫つかないようにしたりしますが、そういう努力も台風来て台無しなんてことがよくあります。

それじゃ結局天まかせってことなんだから何をしても意味ないかっていうとそうでもなくて、愛情かければそれだけ答えてくれるのが生きものであったりもします。

成功の尺度は単純に目に見える結果じゃなくて、どれだけいい仕事したかってことじゃないでしょうか。「いい仕事」が自己満足で終わらないためにはそれを客観的に評価してくれる人が必要ですね。

相手は学生、子供ですから教員を評価できる立場にいませんし、その能力もありません。それに生徒の反応を生み出している要素は授業の質ももちろんあると思いますが、それ以外のこと、学校外でのこと、家庭でのことなどがあるのではないでしょうか。親の仕事ってものもちろんあるわけで、親の怠慢のツケが先生のほうにまわってくるのは十分考えられる話です。こういったことを十分わかったうえでそれでも「ツケを払ってあげたい」と感じておられるのなら黒猫さんは本当に現代の金八先生ですね!

教職は聖職だと言われます。そうした道でまじめにやっている黒猫さんは素晴らしいと思います。

ところで客観的に自分の仕事ぶりを評価してくれる人、周りにいますか?
2011/02/14(月) 00:08:52 | URL | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
>2011/02/14(月) 00:08:52 さん

コメントどうもありがとうございました。
ひょっとしてリアルに私の知り合いだったりします・・・? (^^;)

それはさておき・・・。


> どこまでが自分の仕事でどこまでがそうじゃないかを自分の中でけじめつけておくのって大事だと思います。

まずこのご指摘,本当にその通りだと思います。
とある業界のストレス要因として「業務範囲,責任範囲の不明確さ」があるという研究論文を
読んだことがあります。
まったくもって,その通り・・・。

ただし,大まかに「これが自分の仕事だ」という「軸」を持つのは必要であり,
そしてとても重要なことだとは思うのですが,
常に「その場で何をすべきか,何をしてやれるのか」を考え続ける事もまた必要であり,
意味があることなんじゃないかと思うんですよね。
やはり対人的な仕事ですから,単純なルーチンワークになってしまうと
良い結果にはならないと思うのです。
(でも・・・後述)


(中略)
> 相手は学生、子供ですから教員を評価できる立場にいませんし、その能力もありません。それに生徒の反応を生み出している要素は授業の質ももちろんあると思いますが、それ以外のこと、学校外でのこと、家庭でのことなどがあるのではないでしょうか。親の仕事ってものもちろんあるわけで、親の怠慢のツケが先生のほうにまわってくるのは十分考えられる話です。こういったことを十分わかったうえでそれでも「ツケを払ってあげたい」と感じておられるのなら黒猫さんは本当に現代の金八先生ですね!


とても分かりやすい表現,ありがとうございます!(^_^)
うーん,そうですね・・・,どこまで(どこから?)がその「ツケ」なのか測るのは
とても難しいようにも思いますが,
おっしゃるとおり,いち教員としてそれらの「ツケ」を全て払ってやることはできませんし,
そもそもそれが仕事ではないですからね。
「金八先生」でなくてすみませんが・・・(笑)

ただ,上の記事に書いたように,
私の考える「成果」というのは実際の学習成果の他に,
授業を受けた満足感だとか,その学問に対する興味の喚起などであって
(もっと言えば,興味喚起の方が数倍重要であると考えています),
もしそういった「ツケ」をちょっと挽回してやることで興味喚起ができるならば,
無給であっても,喜んで付き合ってやろうと思いますね。

まったくちんぷんかんぷんの事に,興味を持てと言われても無理だと思う気持ちはとてもよく分かります。
しかし,ちょっとでも「へぇ~」とか「なるほど!」と思えた事は,
それはそれはすばらしい勢いで興味が伸びていくのも実感しています。
私がそのきっかけになることができたら,それ以上すばらしいことは無いんじゃないかと思うのです。

もっとも,その「ツケ」といっても例えば「学習障害」的な問題の場合もあれば,
あまりにも基本的な学力の問題だったりと,
「ちょっと挽回」の範疇を明らかに超えてくるものもあります。

コメント冒頭の「どこまでが自分の仕事か」という事とも関わるのですが,
そうなってくると私が対処することがそもそも不可能であったり,
私の持つ他の仕事に悪影響する場合もあるのです。
こうなるとさすがに無理という感じになりますね。

そして,
もう一つの大きな問題は,サービスを受ける側,つまり学生側から教員を見たときに,
「この先生は何をしてくれるのか」という認識に関わる問題です。

心理療法ではよく「枠組みが重要だ!」と言われるのですが,
治療目標が何で,治療方法は大まかにどのようなものであり,治療予定の見通しはどうで,
コストはいくらぐらいなのか,といったようなことを,
治療者と患者の双方で共通認識を持つことが重要だとされています。

教育もまったく同じであると思います。

この共通認識が無いと治療(教育)がうまくいかないばかりか,
治療者・患者(教員・学生)双方に多大なダメージを生じます。
この意味でも「どこまでが自分の仕事か」に対してしっかりとけじめを持っておくことは重要なんだと思います。


・・・まあ何とも,一筋縄でいくような問題ではないのですが,
今後ともがんばりたいものです・・・(^^;)


> ところで客観的に自分の仕事ぶりを評価してくれる人、周りにいますか?

これについては難しいですね・・・。

「授業アンケート」という形で学生からの声を聞くシステムがありますが,
これはコメントでおっしゃっていたように,きちんとした「評価」とはとても言えません。

同僚の間で相互に評価するシステムも,通常,ありませんし・・・。
(ごく一部の,共同担当科目ぐらいですね)

強いていてば,「自分の指導生がその後にどのような活躍をしたか」が
ひとつの指標になるかと思いますけど,
自分はまだゼミを持つ業務には当たっていませんしね・・・。


逆に,教育ではなく研究の方は,
論文投稿という形で成果と評価がはっきりしているので分かりやすいですね。
単純に論文の本数で測ることは問題なのですが,
掲載審査(査読)がありますから,かなり客観的な評価と見なすことができます。

このあたりの問題は,次年度色々考えていきたいですね。


コメントありがとうございました!

(=`ェ´=)にゃー
2011/02/14(月) 13:40:13 | URL | 黒猫山登 #-[ 編集]
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