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フォーミュラを駆る心理学者のブログ
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学問の本質は「へぇ」である。
2010年04月24日 (土) | 編集 |

いや単に「トリビアの泉」が好きだからではなく,本心からそう思います・・・w


学ぶ意義というものは,世界の見方・とらえ方を育てることだろうと考えています。
養老孟司氏の本に『わかることは かわること』というタイトルのものがあるのですが,
まさにそのとおり。

何かを心から「わかる」と,我々は「変わり」ます。

世界は昨日までの見え方ではなく,新しい,全く違うものになります。

このことは,うまく説明できた試しがないのですが,例えるならば下の通り。

ちょっと前にツイッターでもつぶやきましたが,
自分の身長はだいたい171cm,日本人20代男性の平均身長とピタリと一致しています。
#余談ですが,理学療法士の友人によると,身長というのは数センチ程度,時刻によって日内変動するらしいです。
 朝起きたときが一番高い。重力の影響らしいです。
 なので,「だいたい」なわけです。

身長は正規分布に近似しますから,
日本人20代男性の,約68.2%は171.0±5.5cm(標準偏差5.5)の範囲に収まることになります。

正規分布は左右対称ですから,自分の上には人口の半分がいて,自分の下には人口の半分がいることになります。
しかも,全体の約7割は,自分よりちょっと高いぐらいから,自分よりちょっと低いぐらいの
範囲に収まるわけですね。

これを知ったとき,自分は人間に対する「見方」がずいぶん大きく変わったような気がしました。
広大な世界の中で,自分のポジションがピタリと一点に定まったような感じもありました。


・・・まあ,身長がいくつか,なんて事は別にどうでもいいことなんですけどねw

とにかく身長に限らず,この,正規分布という「枠組み」を知ったときに,
頭の中に「パラダイムシフト」が起こったわけです。



教員というのはとんでもない仕事ですよね。
他人の人生変えまくり・・・w

コメント
この記事へのコメント
こんにちわ。
Kuronekoさんのブログは参考になることが一杯ですな。

まあ、僕も運転教育のインストラクタであるからして、
毎年うちの会社員に運転を教えています。
運転特性にも、調べれば正規分布があるでしょうが、
単純に分けると、ハンドル中心操作とペダル中心操作があると考えています。
それぞれに特徴があって、それぞれにアドバイスがあるんですが、
そのアドバイスにもタイミングというものが必要で、
本人が自主的にキッカケや疑問を感じているときにしか、効果が無いんです。
しかも、実感するのはもっと後になってから。

記憶の片隅にある3つ、4つのキーワードが”バチッ”と繋がるときが来て、
それが大きな一歩になっていくみたいです。

それがとても多い受講生もいる、其の逆もいます。

悔しいのは、得るものが多い受講生に限って、
その教育を趣味として捉えていること。
本来は安全な試験遂行のための物です。
そして、教育を趣味として楽しんでいない受講生に”限って”、
事故や災害を起こす・・・。
その責任の肩は、僕らインストラクタでもあるので、考え物ですわ。

僕の考えは、
本人が楽しいと感じると、”学ぶ”のが早い。
でも、それは”教える”からではない。
本人が学ぶからこそ、我々はそれを弄ぶ支えることで、更に充実させる。

僕の理想でもあります。
2010/04/24(土) 15:07:32 | URL | L.Remillia #TQca9Ju6[ 編集]
Re: タイトルなし
>L.Remilliaさん

こんにちは。コメントありがとうございますm(_ _)m
教育者として同じような思いに至っているようで,嬉しい限りですw


> 単純に分けると、ハンドル中心操作とペダル中心操作があると考えています。

ほう~。興味深いですね。
Remilliaさんご自身の経験から抽出された,「枠組み・スキーマ」の一端なんでしょうね。
正規分布を持つ可能性ももちろん考えられるのでしょうけど,
こういった区分ができるという考え方や,
そもそも,この軸・次元に個人差が現れてくるということ自体も,
立派な理論ではないかと思います。

ある科学方法論の本に,理論の3条件として,
現象の「理解」「推測」「制御」があると書いてあったのですが,
種々雑多なドライバー達を,
少数の区分で「理解」し,
彼らがどのような行動に出るのか「推測」し,
彼らに対して有効なアドバイスを与えて「制御」する。
すばらしいですw


> 本人が自主的にキッカケや疑問を感じているときにしか、効果が無いんです。
> しかも、実感するのはもっと後になってから。

この点についても,まさにそうだなという感じですね~。
「へぇ」が起きるタイミングというのは本当に難しくて,
個人によっても,もちろん内容によっても全く違うことは確実でしょう。
ましてや,教員がコントロールできるわけもなく・・・w

情報が入力されたときと,「へぇ」が起きるタイミングにずれがあるというのも,
これはこれで興味深いことです。
「4つのキーワードが”バチッ”と繋がる」
まさにそうですねw
「へぇ」は,あらかじめいくつかの情報が頭の中にスタンバイされていないと生じないものだと考えています。

「へぇ」と「楽しさ」の関係性も非常に面白い問題ですよね。
学生として,そして教員として,両者には深い関係があると思っています。
興味深いのは,「へぇ」が先行して,その後に楽しさがわき上がってくるケースと,
楽しく情報を入力していると,いつの間にか「へぇ」が立ち上がってくるケースがあることです。
両者が両者の原因になりうる,相互関係なのでしょう。

ここから導き出せる結論としては,
「学問の楽しさは,学ぶ量に従って指数関数的に増加する」ということです。

「勉強がつまらない」といっている学生諸君,投げ出すのはまだ早すぎるぞ!!(笑)

「へぇ」と楽しさをずっと支え続ける存在でありいたいものですね。

では(=`ェ´=)にゃー
2010/04/25(日) 07:29:07 | URL | Kuroneko #mQop/nM.[ 編集]
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